皆さん、こんにちはからの、お疲れさまです。オリーブです。
ところで、「四柱推命」というのは、年老いた時期の運気まで見ることができるのですが・・・
さて、ここで疑問です。
「では、生まれた時から人生は決まってるんですか?」という点。
いろんな考えがありますが、私的には「YES」です。
「四柱推命」的に見てもそうです。
生年月日と生まれた時間で命式や運気をみるのですが、それで命式や運気をだすってことは、生まれた時に、ある程度の人生が決まっているという事ですよね。
(命式の解釈は人それぞれですが・・・)
(じゃあ、良い時期を決めて帝王切開すればいいじゃんという話ですが、そうです、それが四柱推命の限界です(;^_^A・・・というか、それも運命でしょう)
私は小林正観さんの本をよく読むのですが、やはり正観さんも「人生は決まってる」とおっしゃられており、それで私もやっと「確証」が持てたと感じました。
小林正観さんや仏教徒の方々が言うには私たちの「魂」は決して消えることなく、何百年も何千年も続くものらしい。今の人生はその通過にすぎないし、自身の魂の向上のために「こういうシナリオの人生にしよう」と決めてから生まれてくるというので、「え、じゃあ、私の意見じゃ未来を作られないの?」と疑問に思ったりするんだけど、きっとそんな疑問と葛藤があるうちは「天命を生きていない」ということになるのかもしれませんネ。
たぶん、「親・出会う人・起こる出来事」あたりの宿命的なものは変えようもなく、はっきり決まってるもんだと感じます。
そして、いつ死ぬのかも。
じゃあ自分で、人生のサジを握れないのか?というと、そうではなく、できると思います。
「決まってる」けど、できなくはない。
(と、思う)
だから時には、人は、良くも悪くも人生のレールから「脱線」するんだけど
結局は元の決められたレールに戻ってきてしまう。
その方が「心の葛藤がない」から。
結局はそれが「自分らしく生きる」と、いうことになるんだろうと思います。
今、「引き寄せの法則」的な考えもブームになっており、「何をしてもうまくいく」「人生を変える」と言われているものが多くありますが、おそらく、考え方や発言を変えれば、人あたりも変っていくし、周りの空気は圧倒的に良くなっていくでしょう。
(個人的には風水みたいなもんだなと思っています)
それで「幸せになった」と感じれば、納得です。
いわゆる「端が転んでも幸せ」の理屈なのではないかなと思うのです。
「信じるものは救われる」と言いますよね。
たぶん、それも真実です。
つまり、人生は何も変わってないけど、「幸せ」になることは誰でも可能なのです。
金持ちになった人は、そもそも始めからそうなる運を持っているのです。
では、決まっているからといって、「じゃあ悪い事をしよう」とか「頑張るのをやめよう」とか思ってしまう人も中にはいるでしょうか、そういう思考になる時点でやはりそういう人生になるし、それも生まれた時からやはり決まってる事なんだと思います。
どうあがいても結果は同じ。
じゃあ「努力は無駄か」と思われるんですが、私はそうは思いません。
何よりやるだけやったら、後悔が残らないし、それも自身を強くする、心の「栄養」です。
また、何より、神はそういう人間は好きなんだろうなと感じます。
不器用でも頑張る人が。
だから、宿命は変えない程度ではありますが、小さな奇跡はくれているはずです。
実際、私も、そうかなあと思うような場面がたくさんありました。
それは健康でも同じことが言えます。
例えば、同じ日に「死」を迎えるとしても、それまで体は動いてほしいし、楽しいこともたくさんしたいと思いませんか?ならば日々のケアも気をつけますよね?
そういう日々の良い流れは、自分で作っていけるものです。
だから、やって無駄なことなんて実はないんじゃないかなと個人的には思います。
さて、四柱推命でこの「決められた運命」のどこまでをはっきりさせれるのかは、今だ未知数なところがありますが。
少なくとも、与えられた運命の気づきときっかけを作り、日々をより生きやすくする為のツールであることは事実です。
私も、とある有名な先生にみてもらった時に「あなたは命式どおりの人生を歩んでいますね」と言われました。
今は自分でもみれるのですが、「ああやっぱりそうかなあ」と思います。
若い時は・・・・ものすごくしつこく挑戦したものとかもあるけど、ほんと、箸にも棒にもかからず、意味が分からないほどのこともありました(そんな大それたことでもなかったのに)。
でも今なら「そうだよなあ」と思います。
命式見てもそうですけど、きっと人生のシナリオにもなかったんでしょうね(;^_^A
そう考えると四柱推命も、統計学ではありますがやはり「宇宙の法則」になるのだなあとしみじみ思います。
私は今は、それらを理解し、以前よりは生きやすくなりました。
肩の力がすっと抜けたような気がします。
とはいえ、そこまでできた人間ではないので(笑)
決められた人生を受け入れたとはいえ、全てに前向きに考えたり、仏様のような気持ちで人に接することは、やはりできません(;^_^A
ムカつく人はやっぱムカつきます、ええ、瞬間的に(苦笑)
これも私で、これが私の人生なのでしょう。
もう必要以上に大きな希望を持つ事もないけど、必要以上に自分を責めることもない。
起こる出来事、全ては必然であり、偶然はない。
「あのとき、ああすればよかった、なら今ごろ・・・」なんてのはない。
後悔しても同じ。必ず同じ未来が来る。
兄が若くして、事故で亡くなった事も。
父が思ったより早く亡くなってしまった事も。
高校を中退したことも(後に海外の高校を卒業しました)。
結婚を一度失敗したことも(今は再婚です)。
子供ができなかったことも(治療はしてませんが・・・)。
じゃあ、こうしてた方がよかった?
こうすれば未来は変わってた?
いえ、必死にあがこうが、決められた未来を変えることは、きっとできなかったでしょう。
この「人生は決まってる」説ですが、ちゃんと受け入れるには、せめて40歳はすぎてないと難しいと思います。
だから早くに、自ら亡くなる方は、それも「決められてた」事かもしれませんが、もしかして、レールから「脱線」した可能性もあるんですよね。
苦しいってそういう事でしょう?
(決められた人生を歩んでいないということ)
ある程度の年齢にならないと自身の性質も分からないし、ましてや人生を振りかえることなんてできないものです。
なので、今、絶望の中にいる方も・・・
与えられた人生に感傷的になるのではなく、冷静な判断を持つと、きっと見えてくるものがあると思います。
そして、せめて自身の中にいる「神様」に顔向けできるような対応をこころがけましょう。
守ってくれてると思います。そう信じた時から(^^)/